明日から12月ですね。一年があっという間でもう年末ですよ。早いなぁ。
気温もグッと下がり温かい飲み物を多く取るこの季節にまたまたコーヒー関連の記事です。DRIPPERS FILE Vol.3はコーヒー好きなら誰もが知る不朽の名作「Chemex Coffee Maker (ケメックスコーヒーメーカー)」です。(以下ケメックス)
ケメックスはすでに様々な所で語られていますし、世界的にも有名なコーヒー器具のひとつです。改めて書くことでもないのですが、私も10年近く愛用しているドリッパーなのでこの機会に改めて世界中のコーヒーラバーたちに愛される理由を考えていきたいと思います。
CHEMEXとは
さて、まるで実験室の漏斗と三角フラスコを合体させたような不思議なフォルムと、先ほどケメックスを評したが、実際、このコーヒーメーカーは、実験室から誕生したプロダクトといっても大袈裟でない。というのもケメックスコーヒーメーカーを考案したピーター・シュラムボームなる人物は、ドイツ キールの富裕な家庭に生まれベルリンで物理化学の博士号を取得した化学者で、伝え聞くところによれば、彼や面倒臭がり屋の研究者仲間たちは、前々から実験室に転がっているフラスコをコーヒーメーカーの代用として日常的に使用していたというのである。つまり、その日常的な使い道をより実用的に転用したものがケメックスだったわけだ。むろん、それを市販用のコーヒーメーカーとしてデザインし直して、売り出そうと考えたのは、生涯で 300 以上もの特許を取得したといわれるシュラムボーム本人だったのだろうが、それを最初にやりはじめた化学者はきっと地団駄を踏んで悔しがったに違いない。なぜなら、 1936 年にアメリカに移住し、 1938 年にケメックスのプロトタイプを考案、 1941 年に特許申請を受理されたシュラムボームは、この特許とケメックスの大成功によって莫大な利益を得、大金持ちになってしまうからだ・・・・。
そうなんです。ケメックスを発明した人は科学者のピーター・シュラムボーム博士という方。コーヒーとは無縁の科学者が開発したというところが面白いですよね。たしかに実験器具っぽい形しています。何かの本でも読んだのですが、どうやら科学者や研究者の中で、実験器具を使ってコーヒーやお茶を淹れるというのは昔から行われていた割りとありふれた行為だったようです。
機能性とデザイン性の高さからMoMAやフィラデルフィア美術館やスミソニアン博物館、ブルックリン美術館やコーニングガラス美術館等々、数多くの美術館や博物館のパーマネントコレクション(永久展示品)となっています。
最近、デザイナー柳宗理にインタビューをする機会があり、その下調べをしている時に、彼が機関誌「民藝」にケメックス コーヒーメーカーのことを書いていることを知った。ご存知の方も多いと思うが、柳宗理は戦後の日本を代表するデザイナーで、日本民藝館の館長を務める人物である。 1956 年に発表したバタフライスツールは、彼の代表的作品で 1958 年に MoMA のパーマネントコレクションにも認定されている。彼の父親は、白樺派と縁が深く、民藝の提唱者として日本と韓国で先駆的役割を果たした日本民藝館初代館長 柳宗悦である。
その文章によれば、彼が長年、愛用しているというケメックスは、父 宗悦が戦後間もなくアメリカ土産として買ってきたものという。しかも、宗悦がケメックスを購入したキッカケが、アメリカのミッドセンチュリーを代表するデザイナー チャールズ・イームズの自邸においてケメックスでコーヒーを御馳走されたことに感激してのことだったというのだから面白い。後年、やはりイームズ邸を訪ね、コーヒーを振る舞われた柳宗理は、イームズ夫妻が砂糖入れの変わりに化学実験用の蒸発皿を使っていることに驚き感激することになるのだが、このイームズを巡る柳父子のエピソードは、実に示唆的だ。
ハンドクラフトの日常品に用の美を見いだした宗悦と、用の美を機械生産による工業製品で生みだそうとした宗理。そして、ふたりが認めたイームズと、そのイームズが愛用した機能本位の実験器具を転用することで製品化されたケメックス。宗悦を感心させたそのケメックスと宗理を唸らせた砂糖入れとして転用使いされていた実験用の蒸発皿。それまでのハンドクラフトを主体とするモノ作りから、機械による効率的な工業生産に移行しつつあった 20 世紀のプロダクトデザイン史について考える時、このエピソードはなかなか含蓄に富んでいる。
さらに同じ記事内にもう一つ胸熱な箇所があります。上記のように世界的なデザイナー「柳宗理」が長年愛用していたコーヒーメーカーがケメックスで、それは民藝運動の代表的人物で父の「柳宗悦」(以前に書いた小鹿田焼の記事にも登場)がアメリカからお土産として買ってきたもので、何故買ってきたかというと、親交の深かったシェルチェアなどで有名なデザイナー「イームズ夫妻」が使っていたのに影響されてというエピソードがなんかもう…凄いですね。民藝〜プロダクトデザインの流れの流線がケメックスというただのコーヒーメーカーが媒介となって可視化されているのが非常に興味深いですね。
実際にケメックスを使ってみる
薀蓄はここまでにして、実際私の所有するクラシック ケメックスコーヒーメーカー (6カップ)を使ってコーヒーを淹れてみましょう。
なんともシンプルな形をしていますねぇ。このシンプルさだからこそ70年以上もの間愛され続けているんでしょう。
特徴的なのがこの木の持ち手「ウッドカラー&タイ」その名も”木の襟とタイ”という洒落た名前が付いています。これは最初期だとコルクだったりしたみたいですが今は木製です。クラシックケメックスと呼ばれる開発当時から変わらないタイプなのですが、現在はウッドカラーが無くてガラスの取っ手が付いた”ハンドルケメックス“というタイプや、型ではなく職人が吹いて成形した”ハンドブローケメックス“というタイプもあります。
ウッドカラーは半分に分割してあり、タイを緩めると取り外すことができます。そして真ん中辺りから口まで溝が掘ってあって、これが注ぎ口になっています。下にポチっとついた突起は目安で、ここまで注ぐと約600ccになります。一人100ccだと少ないのでだいたい3~4人分くらいでしょうか。この突起を目印にして湯量をさらに増やしたり、減らしたり調節してください。
これがケメックス専用ペーパー「ボンデッドフィルター FS-100」です。フィルターといっても一般的なペーパーフィルターと違って、四角い紙が4つに折られているだけです。ただ紙自体はかなりの厚手で、決してコーヒーを淹れる為の使い捨ての紙とは思えません。そして同じタイプで漂白処理していない茶色のナチュラルな紙のものや、円形になっているタイプ、3カップ用の半円形のタイプの全4種類あります。
そしてこれがまた高い!お店にもよりますが、約2000円ほどします。本体が5000~7000円ほどなので消耗品でこの値段はキツイですよね…。かなり厚手なので洗って干して複数回使う方も少なくありません。もしくは安いフィルターを2枚重ねして使ってる方もいるようです。
それでは実際に淹れてみましょう。まずケメックスにフィルターをセットしますが、4つに折れている紙のひとつの角を開いて円錐状にします。そうすると紙が1枚のところと3枚重なったところに分かれます。そうしたら写真のように3枚重なった方の面を注ぎ口の溝に合わせます。
ここで注意したいのが、たまにというか結構写真で見かけるんですけど、フィルターの折り目を注ぎ口に合わせてセットしている(注ぎ口を正面としたら、フィルターの角が横に開いている)方がいるんですが、お湯を注いだ際にケメックスとフィルターが濡れてピタッと密着してしまうんですよね。そうするとお湯と空気の抜け道がなくなってしまい、お湯もなかなか落ちないし、注ぐ度にパタパタ暴れてしまいます。
通常のドリッパーも内側に「リブ」と呼ばれる畝状の筋が入っていて、フィルターとドリッパーの間に隙間を持たせて空気とお湯の通り道を確保しています。ケメックスの場合三枚重なった厚い部分を溝に合わせることで溝が紙と密着しないので、隙間が生まれてスムーズな抽出ができるようになります。
セットしたらお湯を注ぎます。抽出は一般的なドリッパーと同じです。まずは全体が湿るくらいの少量のお湯を注いで30秒ほど待ちます。その後必要な分量のお湯を注ぎます。基本的には新鮮な豆を使うと空気が多く含まれているので、豆が膨らみドーム状になります。そのドームが崩れないように何回かに分けてお湯をそーっと注いでいきます。ジャバーっとお湯をかけてもまぁいいんですが、クリーンな口当たりにした場合はそーっと注いだほうが良いです。
そして海外のバリスタが良くやっているんですけど、フィルターの味や匂いを取るために一回お湯をフィルターに注いで、そのお湯を捨ててそれから豆をセットする方法があるんですが、私はやりません。まぁ人それぞれのやり方があるので何ともいえないんですが、その理由のひとつは、その方法はオフィシャルではやっていないということです。未漂白のフィルターならまぁわかるんですが、こちらの漂白した白いフィルターはそこまで匂いも味もしませんのであまりやる意味を見出せません。
もうひとつが、やはり原則としてできるだけフィルターに直接お湯を触れさせないことが基本だということです。先述したようにフィルターが濡れるとドリッパーと密着してしまい、スムーズな抽出が行われないので、隙間をあける為にも豆・フィルター・お湯が触れている以外のところは極力濡らさないのが鉄則だと私は思います。
抽出が終わったらフィルターを外し、カップに注いで完了です。
まとめ
今回はケメックスコーヒーメーカーを紹介しました。サードウェーブブームの際にハンドルタイプのケメックスにコーンのメタルフィルターの組み合わせがアメリカで流行りましたよね。
最近は使っているのをあまり見かけませんがどうなんでしょ?メタルフィルターは好みが結構分かれますが、専用のペーパーフィルターが鬼のように高いので、何度も使えるメタルフィルターも良いんじゃないでしょうか?
ケメックスはタイトルの通り、器具メーカーが試行錯誤を重ねて開発したものではなく、コーヒービジネスとは無縁の一人の科学者が開発した面白いルーツを持っています。それがシンプルでデザイン性も高く、さらには時代背景もありここまで長く愛されるプロダクトになりました。
柳宗悦がイームズの使っていたケメックスに影響されて使い始めたのと同じように、映画のワンシーンでケメックスが使われていて、それに憧れて使い始めたという方もいます。そういったストーリーの積み重ねが、どれだけ利便性や機能性の高い商品がこの後生まれてきたとしても、それを超える価値やステータスを提供し続けているのでしょう。
それが本当の“ブランド”なんだということことを改めて感じました。